小きんたぬき

むかし、庄内の小原の森の中に「小きん」と呼ぶ、一匹のたぬきが住んでいました。
このたぬきは、いたってひょうきんもので、いつも花嫁に化けて、嫁入りのちょうちん行列をすることが得意でした。
菊の花が咲いて、萩の花がかわいい姿を見せています。
野菊の花の咲き香る頃、秋の夜はふけて、涼しい夜風が心地よく、当たりをすぎていきます。
農家の人々がやっと夕食をすませたころ、小原の森のあたりは、急ににぎやかになって、決まったように、たくさんのちょうちんの火が現れ、嫁入りの行列が見られるのでした。
「あれ、あれ。今夜も小原のもりの小きんたぬきが嫁入りごっこをしているぞ。」
年寄りも、子供も喜んで、行列に見とれているのでした。
特に、村の若者たちは、この小きんたぬきに深い関心を持ちぜひ一度近くで、花嫁姿に化けた小きんたぬきを見てみたいものだ、とかんがえるのでした。
目明かしの喜平次もその一人でした。
喜平次は、ぜひ一夜、賞きんたぬきの正体を見届けてやりたい、という好奇心をもっていました。
ある夜のこと、今夜こそ、小原の森を訪ね、賞きんたぬきの姿を見届けて、小きんたぬきの肝を冷やしてやろう、と考えたのです。
胸をおどらせながら、喜平次は、十手を片手に、駆けていくのでした。
薄暗い、小原の森の素鵞神社の祠のそばまで行った喜平次は、思い出しました。
「そうだ。小きんたぬきは、椋の大木のほら穴に住んでいると、聞いている。この辺で、大声で怒鳴って、小きんたぬきの度肝を抜いてやろう。」
こう考えた喜平次は、「おい、小きんたぬきよ。今夜は、この目明かしの喜平次が、おまえを召し捕らえるぞ。早く正体を現し出てこい。」と、怒鳴ってみたのです。
ところが、どうでしょう。
どこからともなく、声がして、「はいはい、喜平次さん。よくいらっしゃいました。どうぞ、こちらへ。」と、言うのです。

このとたんに今まで薄暗かった小原の森の中に美しい御殿があらわれ、その中で、一人の娘が化粧をしているではありませんか。
喜平次は、夢ではないかと、驚きました。でも、今日ばかりは、どんなことがあっても、だまされるもかと、十手をふりふり、「小きん、どうしても今夜は、だまされんぞ。ぐずぐず言わないで、早く出てこい。」と、言った物の、何となく気味がわるくて、がたがたと、ふるえていました。
娘は、平気で、化粧をしながら、「喜平次さん、せっかくのことですから、あなたの言うとおりにしますが,しばらく待ってください。じつは、私は、今夜、音井藪の平八たぬきの所へ、お嫁にいくので、ただいま準備中なのです。それに、あなたも一度くらいは、たぬきの嫁入りを見てもいいでしょう。」と、優しいことばで言うのでした。
それを聞いた喜平次も、それもそうだ。今まで、本物のたぬきの嫁入りなど、見たことが内ので、一度見てやろうと、思いました。
今まで、怒っていた喜平次も、小きんたぬきの美しくできあがった花嫁姿を見て、びっくりし、嫁入り行列が見られると、大喜びでした。
そのうち、行列の準備もできて、いよいよ、出発という時、花嫁姿の小きんたぬきは、にこにこしながら、喜平次にこう言いました。
「喜平次三、私の一生のお願いだから、馬になって、私を音井藪まで乗せていってください。あちらに着いたら、たくさんのごちそうをさしあげ、どんなお礼もしますから。」と、言うのでした。
喜平次は、もうすっかり、小きんたぬきにもらったお酒に酔っていたものですから、大喜びで、「はいはい、小きんたぬきさんの言うとおりにいたしましょう。」と、馬になって、花嫁姿の小きんたぬきを背中に乗せ、四つんばいになって、行列に加わり、音井藪に着いたのです。ここにも、みごとな御殿があって、行列は、その中に入っていくのです。
小きんたぬきは、喜平次馬の背から降りて、「喜平次さん、ご苦労さまでした。あなたは、今夜、馬になってくれたので、この松の木につないでおくから、ひひん、ひひんと、馬の鳴く声をしてください。そうすれば、お酒でも、ごちそうでも、ほしいものを持って来させますから。」と、言って御殿の中に姿を消していきました。
喜平次は、酒好きでしたから、酒がほしくなると、ひひん、ひひんと、やりました。
そのたびに、ごちそうが運ばれてきました。
喜平次は、こんなことなら何度でも、たぬきの嫁入りの馬になりたいと、思うのでした。
喜平次は、いつまでもひひん、ひひんを続けていました。
やがて、夜が明けて、岡崎山の方から太陽がのぼりはじめました。
畑に行く作兵衛さんが通りかかり増した。
どこからともなく、馬の鳴く声が聞こえて来るのです。
作兵衛さんは、不思議に思い、音井藪の方へ近寄ってみると、藪の入り口の松の木に、目明かしの喜平次さんがつながれて、「ひひん、ひひん。」と、やっているではありませんか。
作兵衛さんは、「これ、これ。目明かしの喜平次さん、どうしたことだ。」と、強く肩をたたいたとたんに、喜平次さんは、目が覚めた野です。
喜平次さんは、夜通し松の木につながれて、「ひひん、ひひん。」
そうして、何を飲まされ、何を食べて喜んでいたのでしょう。

ラブ金子ふるさと探訪総集編より

 

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